ベランダ菜園に救世主があらわるの巻 どうせなら誰かに喜ばれて最期を迎えたい


 

きょう感動したはなし。

自然の生態系ってほんとすごいな。

ベランダ菜園に救世主あらわるの巻!

 

アブラムシが発生したゴーヤ。

竹酢液では全然追いつかず、とにかく毎朝見つけては手で取っていました。

「テデトール」って方法が結局一番効果的らしい。(ただし、早期発見なら)。

 

そしたらきょう、てんとう虫あらわる!

アブラムシを食べてくれる救世主さま。

不思議なことにこのマンションの4階までどうやってたどり着いたのだろう。

 

この動画は、じっとしているときは、つまりアブラムシを見つけて捕食しているところ。

茎をつたって歩いているときは、アブラムシを探してとことこ歩いている。

 

くまなく茎をたどっていく様子を見ていると、あみだくじをなぞっているようで飽きない。


 

じいいい~~~っと観察していると、

葉脈の裏の細かなところまで、実に居場所をよく知っていて

うまく捕食している。

わたしは思いました。

ああ、てんとう虫を見つける前に手で取ってしまったアブラムシ、

もすこし残しておけばよかったな。

わたしが手でとってすりつぶすとき、アブラムシは害虫であり、廃棄物であり、ゴミである。(←ヒドイっ)

でも、てんとう虫にとってはごはんであり、ありがたく、おいしく、喜ばれる存在である。(←うれしいっ)

どうせ最期を迎えるなら、誰かにありがたがれたほうが幸せだろう。

 

前に習った「リサージェンス」を思い出した。

農業の世界では、害虫をやっつけようと農薬(殺虫剤)をまくと、

その害虫は一旦死滅するが、その害虫が捕食していた虫が天敵を失ったことで大量発生し、

そこを狙ってまた害虫がよそから集まって、結果的に前より大量発生になるという。

すごい生態系の仕組み。

(もちろんほどよいバランスで農薬をまけばうまくいくだろうが、その見極めこそ技術)

 

とにかく、わたしは何もしなかったのに、てんとう虫はひとりでにアブラムシの存在を嗅ぎつけてやってきた。

 

外界はなんともうまくやっておるな。

地球の創造主の気分である。

 

 
なんというてんとう虫でしょうか
 
 

人間とウィルスにも置き換えられる話ではないか。

 

いま暴れている19番を死滅させても、次なる新型はまた表れるだろう。

 

日本人は台風との付き合い方を心得ているが、19号が去っても20号が来ることを知っている。

要は大きいか小さいかだ。

 

ちいさなプランターの中の地球が教えてくれることのなんと多いことか。

 

わたしが家庭菜園をおもしろがるのは、自給率アップではありません。

量ではなくて、その意味、感受性。

 

その意味を知れば、扱い方が変わるということです。

 

野菜をつくって成長を見守り、あるいは反抗期を見守り、その生命力を知れば、食品を無駄になんてしない。

そういうものじゃないか。

 

風が吹いたら桶屋が儲かる。

 

風を読む、桶屋になりたいものだ。

 

ベジアナ ベランダアナ@あゆみ

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