”卵と壁 村上春樹さんがエルサレム賞の受賞スピーチで話したことば”

頭の中でいろいろあるときに思い浮かべる言葉があります。

「Living well is the best revenge.」

「優雅な生活が最高の復讐である」という意味で、

アメリカの作家トムキンズ,カルヴィンの本のタイトルですが、

昔、村家春樹さんのエッセイでこれを知り、ひそかに座右の銘にしています。

 

「Living well is the best revenge.」

 

何度噛み締めてもいい言葉ですよね。

以前にも書いたことがあるけれど、

師匠やメンター、相談相手がいるのは理想だけれど、

そう都合よく、生身の先輩が自分の相談にのってくれるとは限らない。

いい年になると、むしろ、めったに無いだろう。

その代わり、わたしたちには憧れの人の言葉や、考え方をかみしめる自由がある。

言葉ってとても大切。心の支えになる。

 

 

村上春樹さんといえば、

「卵と壁」という有名なスピーチがあり、きょうはこれについても書きたい。

 

村上春樹さんがエルサレム賞の受賞スピーチで話した内容で、

知っている人にはあまりにも有名だ。

 

 

実際は英語のスピーチでしたが、誰かが翻訳してくれた日本語の、

その一部を抜粋して紹介します。

 

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これは私がフィクションを書く間、ずっと心に留めていることです。


「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」

壁がどんな正しかろうとも、その卵がどんな間違っていようとも、

私の立ち位置は常に卵の側にあります。

 

何が正しくて何が間違っているか、何かがそれを決めなければならないとしても、

それはおそらく時間とか歴史とかいった類のものです。

 

どんな理由があるにせよ、もし壁の側に立って書く作家がいたとしたら、

その仕事にどんな価値があるというのでしょう。
 

爆弾・戦車・ミサイル・白リン弾は高くて硬い壁である。

卵はこれらに撃たれ、焼かれ、つぶされた、非戦闘市民である。

 

しかしこれが全てではありません。

もっと深い意味もあるのです。

このように考えてみませんか。

 

私たちは皆それぞれ、多かれ少なかれ、一つの卵であると。

 

壁には名前があります。

それは“システム”というのです。

“システム”は私たちを守ってくれるものですが、しかし時にそれ自身が意思を持ち、

私たちを殺し始め、また他者を殺さしめるのです。


私が小説を書く理由は、たった一つしかありません。

 

それは個が持つ魂の尊厳を表に引き上げ、そこに光を当てることです。

 

小説における物語の目的は警鐘を鳴らすことにあります。


 

私の父は昨年90歳で亡くなりました。

父は教師を引退し、たまにパートタイムのお坊さんとして働いていました。

父は学生だった時に、陸軍に招集され中国の戦場に送られました。

戦後生まれの私は、毎朝朝食の前に、我が家の仏壇の前で父が長く深い祈りをささげているのを見ていました。

あるとき私は父に、なぜそんなことをするのかと尋ねました。

父は私に、あの戦争で亡くなった人のためにお祈りをしているのだと教えてくれました。

父は、敵も味方も関係ない、亡くなった全ての人のために祈っているのだと言いました。

仏壇の前で正座している父の背中をじっと見つめるうちに、

私は父の周りを漂っている“死の影”を感じた気がしたのです。

これは私が父から引き継いだ、ほんの小さな、しかし最も重要なことの一つです。

私が今日、皆さんに伝えたいと思っていることはたった一つだけです。

 

私たちは皆、国家や民族や宗教を越えた、独立した人間という存在なのです。

私たちは、“システム”と呼ばれる、高くて硬い壁に直面している壊れやすい卵です。

 

誰がどう見ても、私たちが勝てる希望はありません。

壁はあまりに高く、あまりに強く、そしてあまりにも冷たい。

 

少し考えてみましょう。

私たちは皆それぞれが、生きた魂を実体として持っているのです。

“システム”はそれをこれっぽっちも持ってはいません。

 

だから、“システム”が私たちを利用することを決して許してはならない、

“システム”に意思を委ねてはならないのです。

“システム”が私たちを創ったのではない、私たちが“システム”を創り出したのですから。

 

以上が村上春樹さんのことば。

以下にリブログするので、全文もあります。

 

ところでちょど、昨日ツイッターで見つけた関連する話。

 

 

佐藤優、休校中の子供たちに逮捕・勾留で実践したことを伝授

 

今は作家の佐藤優さんは、

外務省時代にロシアとの外交問題で2002年に背任容疑などで

逮捕され、512日間勾留された経験を『国家の罠』(新潮社)という著書にまとめ、大きな話題を呼びました。

 

その佐藤さんが、休校のこどもたちに書いた言葉。(抜粋)

 

 

現在の社会も安定とはほど遠く、何度も何度も大きな変化を迎えることでしょう。

そのときに動揺しないためにも、「世界は変化し続ける」と思っていてほしい。

 

 大きな危機に直面したとき、人はまずフリーズして、

その後にいろいろ考えようと模索します。

その方法は3つのパターンに分かれる。

 

 1つめは、それでもいままでの考えを変えない人。

 

 2つめは、権威に従ってしまう人。政府や専門家、識者の意見に従ってしまう人のことです。

 

 3つめは、自分の頭で考える人。本当にこれでいいんだろうかと考えてみて、チャレンジし、ダメだったら軌道修正するという人です。

 

 1つめと2つめの生き方は、楽でしょう。

自分の頭を使う必要がないからです。

 しかし、刻一刻と変化していく世界の中で1と2では、生き残れません。対応するには、トライ&エラーで立ち向かっていくしかない。

 

 その都度、その都度、自分の頭で考え、行動する以外に術はないのです。

 

 そのときに頼りになるのが、苦しい時代を生きた先人たちに学ぶこと。たとえば、ナチス・ドイツの占領下で2年間隠れ家で身を潜めていた『アンネの日記』など戦争を描いた本を読む。

どういう状況でも人間は生き延びてきたことを知ってほしい。

 

そして、読んだ本の中で印象に残った文章があったら、ノートに書き写すことをすすめます。

この方法は、ぼくがかつて逮捕され、512日勾留されていたときにやっていた方法です。

 

文章を写すだけですが、これがすごく重要。

手からテキストが体に入ってくる。

この勾留期間を経て、部屋にこもっていても手を動かし、深く考えれば

外に出ることと同じかそれ以上のものを得られることがわかったのです。

 

 

なので、きょうブログに書き写しました。

 

いいこと言う人がいるなあ。

いいこと言う人の良さを取り入れたい。

ちょっと、写経したような、きぶん。

 

ベジアナ・写経アナ@あゆみ

 

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