
たがやせせたがや、始めました〜♪
世田谷区玉堤、さわやかな青空の下、畑にビニールハウスを立てました!

めっちゃかっこいい職人集団みたいですよねー。
なんとこの脚立に乗っているのは、JA世田谷目黒 飯田会長~!
よ!棟梁!
ハウス立てるJAの会長ってかっこいい〜!
世田谷区でぶどう園を営み、世田谷メルローという知る人ぞ知るワインの作り手でもあります。
記事はこちら↓
世田谷の農家が世田谷の畑で育てたぶどうで作った100%世田谷産ワイン。「世田谷メルロー」

これぞ本物の農家!本物の農協!
農業協同組合の強さ #レジリエンス が発揮されるときです。
拡大する巨大都市・東京23区の中でも最大人口94万人の住む世田谷にも実は農地があり、
守り続けている農家がいます。何人もいます。

飯田会長の指揮のもと、JA世田谷目黒の職員さん9人がビニールハウスづくり。
近頃、台風やら大雪やらでビニールハウスが倒壊することも多いですが、
職員さんがハウスを建てて農家に貢献できたらすごい!喜ばれますよねー!

農園主の早川さんもやってきました。
今年度から早川さん(85歳)の畑が「体験農園」として、地域住民とみんなで耕す農園 に生まれ変わるのです。
参考記事その1
4月から世田谷体験農園始まります。野菜づくりしたい近隣の方~自分で野菜つくる喜び
その2
こんなときこそ野菜づくりで心も身体もスッキリ!リフレッシュ!
高等学校を出たのが昭和39年、まさに高度経済成長真っ只中。
学校の先生には、「お父さんを裏切れ」(農業は継ぐべきでない)と言われたそうですが、
一生懸命畑をやってる祖父と父を見てきて、農家を継いだそうです。
当時には、8反の農地を所有し、2反借りて、合計10反耕作していました。
世田谷区といえば、昭和30年代、千葉や新潟の農村部から集団就職で多くの「金の卵」たちがやってきました。
農地がどんどん住宅地に変わる時代に、早川さんは畑を耕し続けてきました。
そのうち、祖父がなくなり、父がなくなり、遺産相続のたびに、2反ずつ切り売りしなければ相続税が払えなかったのです。
今では農地は5分の1になり、マンションと一戸建てとアパートに囲まれた中で畑を守り続けています。
世田谷の中でも早川さんは、「玉ねぎの神様」と呼ばれ、土づくりを重視しています。
農協の品評会で何年も連続して最優秀賞をとり、次から出品しづらくなるという~「殿堂入り」したそう~。
世田谷には馬事公苑(オリンピック競技場として工事中)があり、馬糞を使う農家が多くいます。
(以前訪ねた河原農園さんも馬糞堆肥が積んでありました)
馬糞は、牛糞に比べてもよい野菜ができるそうですが、
馬糞をダットサントラックで取りに行き、集めてまた畑にまくのは大変な作業です。
後継者のいない早川さんは、これは自分が70歳になったらできなくなるなと思ったそうです。
そこで、馬糞に含まれる何の成分が土壌によいのかを、40歳の頃から自力で研究しました。
何年もの研究の結果、ある「酵母」を発見しました。
それ以来、馬糞に頼らない土づくりをしています。

なにかと閉塞感漂う毎日ですが、こうして一致協力して、1つのハウスを作る。
バランスを取ったり、せーのと力を合わせながら体を動かす!
職員教育というのか、交流の場としてもとてもいいなと感じました。
いちばんえらい会長と新人君が直接対話することもなかなかないでしょうし、
あの大変なときにハウス作ったよね~!って仲間意識、連帯感は、きっと後々まで続くだろうと思いました。
体験、思い出は仲間を結びつけます!

ハウスの屋根の連結をわたしも手伝いました~!
簡単そうに見えて、やると鉄パイプはそれなりに重く、背筋を使います。
2本だけやらせてもらい、お邪魔しました~。

こんなときだからこそ、
自分の食べもの自分で作ろう!
何も、買うのをやめて、作ろうというのではありません。
自分で作るからこそ、初めて、農家のすごさがわかり、野菜や農産物のありがたみに気づけます(わたしがそうでした)♪
#市民農園、#体験農園の究極の喜び は新鮮野菜の収穫ではない気がしています。
体験による感動→理解→共有→感謝(愛)→敬意ではないでしょうか。
#都市農業は地方農業の入り口
#友産友消
#作る喜びをこの手に取り戻そう
#消費だけで大丈夫?
#消費時々生産スタイル
#買う時々つくる
#野菜もDIY
#SDGs2と11と12と15
#耕せ世田谷 はじまります!
#たがやせニッポン
#掘り起こせ日本
#日本を耕そう
#1億総農家
#urbanfarming
#ediblecity
くわしくはこちら↓まで
あと残り1区画か2区画~!
世田谷目黒農業協同組合
ベジアナ農園アナあゆみ